大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第三小法廷 平成2(オ)989 判決

主 文

原判決を破棄する。

本件を仙台高等裁判所に差し戻す。

理 由

上告代理人山内滿の上告理由一及び二について

一 原審の認定した事実関係は、(1) 被上告人は、昭和三八年一二月二日、水

産業協同組合法(以下「法」という)に基づいて設立された漁業生産組合であり、

定置網による鯛、まぐろ、ぶりの採捕を主とする漁業を営んでいる、(2) 被上告

人の組合員は、設立当初は四五名であったが、漸減して昭和五七年一二月三一日以

降は上告人を含め九名となっている、(3) 上告人は、被上告人の設立当初からの

組合員であり、昭和六二年一二月三一日の経過をもって被上告人組合を脱退したが、

同四七年から脱退に至るまでの間は被上告人の理事を務めるとともに、同四九年か

ら同五九年までの一一年間は、休業した同五六年の一年間を除き、船頭(漁撈長)

として被上告人の事業である漁業に従事し、同六〇年からは一般漁夫として右事業

に従事してきた、(4) 被上告人は、理事に対しては、船頭等として稼働すること

につき報酬を支払うほか別に役員報酬名義で報酬を支払っていたが、昭和五八年こ

ろから、総会により承認された事業計画に基づき役員報酬名義の報酬額は毎年度零

円とされ、船頭等として稼働したことによる報酬だけが支払われることとなった、

(5) 被上告人は上告人に対し、船頭等として稼働したことにつき毎月一定額の報

酬を支払うものとし、その支払をしてきたが、右報酬のうち昭和五八年度分一二九

万三四二二円、同五九年度分一七五万五一八三円、同六〇年度分三万二三二〇円の

合計三〇八万〇九二五円が未払となっている(以下これらの未払金を「本件未払金」

という)、というものである。

二 上告人は、本件未払金及びこれに対する遅延損害金の支払を求めて本訴を提

- 1 -

起したものであるが、原審は、前記事実関係の下において、本件未払金は、漁業生

産組合の組合員が当該組合から受ける利益の分配、すなわち共同経営者として取得

する収入たる性質のものと解すべきであって、労働基準法上の賃金には該当しない

とした上、本件未払金につき支払猶予の合意が存在する旨の被上告人の抗弁を容れ、

第一審判決を取り消して、上告人の請求を棄却すべきものとした。

三 しかしながら、原審の右判断は首肯することができない。その理由は、次の

とおりである。

漁業生産組合は、漁民が出資して組合員となり、労働の協同化により漁業及び

これに附帯する事業を行うことを目的とする生産のための組合である。法によれば、

漁業生産組合においては、組合員が中心となって当該組合の営む漁業等の事業に従

事し、組合員はその出資額の割合又は事業に従事した程度に応じて剰余金の配当を

受けるものとされているが(法八〇条、八一条、八五条参照)、漁業生産組合が、

漁夫等として当該組合の事業に従事した組合員に対し、法八五条二項に規定する事

業従事の程度による分量配当を行わず、雇用した者に対するのと同様に、毎月その

労務の提供の程度に応じて所定の額の報酬を支払うこととしても許されないもので

はないと解され、実際にも、当該組合の事業に従事する組合員に対し右のような報

酬の支払をしているものがある。この場合に組合員が労務の提供の程度に応じて毎

月支払を受ける報酬は、形式的には、協同事業者として労務を提供しその成果の分

配を受けるものというべきであるが、その事業従事の実態は雇用関係に基づく一般

の労働と異なるところはないとみられるから、右報酬は、実質的には労働の対償た

る性質を有するものであって、賃金と認めるのが相当である。また、零細な漁業生

産組合において、理事とはいえ、専ら組合員として当該組合の事業である漁業に従

事して、役員報酬とは別に労務の提供の程度に応じた報酬を受けている場合には、

右労務提供に対する報酬部分は、実質的には賃金であると解するのが相当であり、

- 2 -

このように解しても、理事が当該組合の使用人を兼務することを禁止している法八

六条二項、三六条の規定には違反しないものというべきである。

右の見地に立って、本件についてみるのに、原審は、(1) 上告人は、昭和四七

年から同六二年一二月三一日被上告人組合を脱退するまでの間、その理事を務める

とともに、同四九年から同五九年までの一一年間は、休業した同五六年の一年間を

除き、船頭(漁撈長)として被上告人の事業である漁業に従事し、また同六〇年か

らは一般漁夫として右事業に従事してきた、(2)被上告人は、理事に対しては、船

頭等として稼働したことにつき報酬を支払うほか別に役員報酬名義で報酬を支払っ

ていたが、昭和五八年ころから役員報酬名義の報酬額は毎年度零円とされていた、

(3) 本件未払金は、上告人が船頭等として稼働したことにつき支払われる報酬額

の未払分であるなどの事実を認定している。右事実関係の下では、本件未払金が賃

金に当たらないと即断することはできないというべきであり、かえって、記録中の

証拠資料からは、上告人が船頭等として稼働したことにつき支払われる右報酬の額

は、年度当初事業計画において月額で定められ、実労働の日数が一か月の予定労働

日数未満の場合はその日数に応じて計算されるものであること、上告人は理事とし

ては役員会に出席するだけであり、また、雇用保険の被保険者とされ、漁期が終了

し船頭等の仕事がないときは失業給付の支給を受けていたこと等の事実が窺われる

のであって、これらの事実を併せてみるときは、他に特段の事情がない限り、本件

未払金は、実質的には労働の対償として支払われる賃金であると認めるのが相当で

あると思料される。

そして、本件未払金が実質的に賃金に当たるとすれば、これについて上告人と

被上告人との間に被上告人主張の支払猶予の合意が存在したとしても、右合意は労

働基準法(昭和六二年法律第九九号による改正前のもの)二四条に違反して無効と

いうべきであり、したがって、右合意が存在する旨の被上告人の抗弁は理由がない

- 3 -

ことに帰する。

四 以上によれば、本件未払金は労働基準法上の賃金に該当しないとし、被上告

人の前記抗弁を容れて上告人の請求を棄却すべきものとした原判決は、法令の解釈

適用を誤り、ひいては審理不尽、理由不備の違法を犯すものというべきであり、右

違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、論旨は理由があり、原判決は

破棄を免れない。そして、本件については、本件未払金を賃金と認めるのを相当と

しないような特段の事情が認められるか否かを含め、本件未払金の賃金該当性につ

いて更に審究の上、事実関係を確定させるため、これを原審に差し戻すのが相当で

ある。

よって、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判

決する。

最高裁判所第三小法廷

裁判長裁判官 可 部 恒 雄

裁判官 坂 上 壽 夫

裁判官 貞 家 克 己

裁判官 園 部 逸 夫

裁判官 佐 藤 庄 市 郎

- 4 -

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!